デス・オーバチュア
第304話「青い戦慄」



西方マスターズ。
その歴史は浅く、たったの『千年』ほどしかない。


『……何のマスターに成りたい……?』
「鎖を巻きつけた黒い布切れ」が掠れるような声を発した。
マジックマスター(魔術を極めし者)。
組織(マスターズ)の最古参にして、創始者。
彼女(?)はこの千年間代替わりすることもなく、マジックマスターとして、マスター・オブ・マスター (組織の頭首)として存在し続けていた。
「マスター・オブ・マスター(貴様の称号)……と言いたいところだが、こんな組織の統治(面倒)など御免蒙(ごめんこうむ)る」
黒いバイザーをした少年は、不遜極まる態度で言い放つ。
『……では、何のマスターを望む……?』
「グランドマスター……」
『……グランドマスター(偉大な指揮者)? 統治は面倒なのではなかったか……?』
「いいや、全てを極めし者という意味でのグランドマスターだっ!」
『……全てを望むか……それも良かろう……』
「さしあたってソードマスター(剣を極めし者)の称号を頂くとしよう。これでも一応、剣士の端くれなのでな」
『……その『枠』は埋まっているが……?』
「ならば退いてもらうまでだ。最強の剣士は一人で充分だからなっ!」
黒いバイザーの少年は不敵に微笑うと、マジックマスターに背中を向けた。





「私の相手は貴様だ、ソードマスター!」
サーフェイスは白刃の両手剣を片手(左手)で突き放つ。
「つぅっ!」
ガイは跳ねるように飛び起き、サーフェイスの刺突から逃れた。
「……サーフェイス……青い戦慄のサーフェイスか……」
聞き覚えのある通り名。
自分やディーンなどと並んで、地上最強の候補として名の上がる西方の剣士。
西方ではトップクラスの知名度を誇りながら、その詳細は知られておらず、ただその圧倒的な強さと絶対的な恐怖だけが伝わっていた。
「グランドマスターとか言ったな? お前、マスターズの関係者か……?」
もっとも、ガイの知る限り『グランドマスター(そんな称号)』は存在しないが……。
「『後輩』だとでも思ってくれればいい。貴様の称号を受け継ぐ者だっ!」
「奪い取るの間違いだろう……!」
サーフェイスの振り下ろした両手剣と、ガイが横に一閃した静寂の夜が激突した。
「いい剣だ……だが……」
交錯する二つの刃は、両手剣の方が『斬り込まれ』ている。
「所詮はただの名剣レベル……神剣には遠く及ばない……っ!」
「ふぅんっ!」
ガイはそのまま力を込めて剣刃を両断しようとするが、サーフェスはそれより速く両手剣を引き戻した。
「はぁぁっ!」
サーフェイスは引き戻した勢いで両手剣を振りかぶり、柄に右手を添えて『両手持ち』に切り替えて打ち下ろした。
「くっっ!」
壮絶な打ち下ろしをガイは回転するようにして紙一重で避け、そのままサーフェイスの胴体を斬り捨てにいく。
ガイは両手剣の間合いの『内側』に踏み込んでおり、サーフェイスには迎撃の手段は無いかに思えた。
「ふぅん!」
「なっ……!?」
静寂の夜が胴に届く寸前、サーフェイスの左肘と左膝が剣刃を挟み込む。
「流石は神剣、生身では噛み砕けない……かぁぁっ!」
サーフェイスは左足を踏み下ろすと同時に、逆手(右手)で握った両手剣を斬り上げる。
「無敵盾(イージスシールド)!」
ガイは両手で握り直した静寂の夜を正眼に構え、剣の背でサーフェイスの反撃の一撃を受けた。
正確には、剣の直前の空間に形成した不可視の『盾』でである。
「くぅぅ……っ」
逆手の一撃は盾の破壊こそ叶わなかったが、盾ごとガイを数メートル後退させた。
「ふぅん、力場(フォースフィールド)の類か?」
サーフェイスは不敵に微笑うと、両手剣を右手の逆手から左手の順手に持ち替える。
「倚天(いてん)!」
右手を突き出し、左手の両手剣を引き絞る。
「走破(そうは)ぁっ!」
「なぁぁ……くうぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
引き絞られた弓矢が解き放たれるように打ち出された『白刃』が、無敵盾を刺し貫いて静寂の夜に叩き込まれた。




届くはずのない間合い。
そのことを証明するかのように、『打ち終えた』後の二人の距離は、変わらず数メートル隔たれていた。
「馬鹿なぁっ! 静寂の夜に傷だと……!?」
静寂の夜(剣)の背に小さな点のような凹みができている。
本当に小さな小さな損傷だ。
だが、それはガイにはとても受け入れがたい事実。
たかが『名剣(地上の物質)』に『神剣(神世の物質)』が凌駕されたのだ。
「……いや、違う!」
「ほう……」
「……闘気の刃……そうだな……?」
「ふぅん、正解だ。よく見極めたな」
一瞬、白い剣刃が伸びたように見えたが、実際には両手剣の長さは180㎝から変わっていない。
「強度で遙かに劣る我が剣で打ち合えばどうなるかなど……最初の交錯の前から分かり切っている」
「だから、闘気で刃を強化か……いや、闘気で刃を形成……?」
ガイは妙な違和感を覚えた。
先程の技は、普通の闘気強化や闘気剣とは何かが微妙に違う気がする。
「……んっ?」
鋭敏なガイの感覚が、両手剣のほんの僅かな変化に気づいた。
最初の交錯でできたはずの『切れ込み』が綺麗に無くなっている。
「まさか、お前の能力は……」
「嫌な男だ。まさか、そっちまで気づくとはな……」
サーフェイスは苦笑をもらすと、両手剣を両手で握り直し正眼に構えた。
「それ以上の詮索は無用! 貴様は『普通』のやり方で斬り斃すっ! 」
突然、サーフェイスの全身から青い闘気が爆裂するように放出される。
「はあああああああああああああぁぁぁっ……!」
青く透き通る闘気が二倍、四倍、八倍、十六倍……とドンドン膨れ上がっていく。
「なるほど、見た目のどこにも『青』が無いかと思えば……そう言うことか……」
『青い戦慄』と呼ばれながら、サーフェイスは容貌にも纏う衣装にも青がなかった。
「……確かにこの圧倒的な闘気の量と激しさは恐怖を……戦慄を走らせるだろうな……」
青き闘気は質、量、出力、全てが人間離れしている。
「こいつも人の領域を踏み越えた者だと言うのか……?」
「破ああぁぁぁっ!」
裂帛の気合いと共に、闘気が最大値に達して安定した。
「待たせたな……このまま圧倒させてもらうっ!」
「……圧倒? 調子に乗るな、餓鬼がぁぁっ!」
ガイは師(ディーン)のような荒れた台詞を吐くと、全身から黄金色の闘気を爆発的に解き放つ。
「お前はまだこっち側だ……俺と同じくなっ……」
黄金の闘気は瞬時に、サーフェイスの青き闘気と『同等のレベル』にまで高まった。
「ふぅん、流石は現ソードマスターだな……そうでなければ面白くないっ!」
「ふん、どこまでも苛つく奴だ……っ!」
さらに勢いを増した青と黄金の闘気が、互いを凌駕しようと激しく押し合う。
『ウオオオオオオオオオオオッッ!』
二人は限界を超えて闘気を高め合うが、どちらかが一方を上回ることは決してなかった。
均衡……まったくの互角。
寧ろ共鳴でもするかのように、際限なく互いの『強さ』を増していった。
「……破っ!」
「……疾っ!」
サーフェイスとガイはまったく同時に動き出す。
互いに一足で間合いを詰め、サーフェイスは剣を振り下ろしガイは剣を振り切った。
最初とまったく同じ交錯。
違うのは周囲への『被害』だ。
極限まで闘気を高め合った二人が剣をぶつけ合っただけで、『核爆』のような衝撃が発生する。
「ふぅん、互角か……」
「認めたくないが……そのようだな……だからこそ……っ!」
最初の交錯の時と同じように、僅かだが神剣の刃が両手剣の刃に斬り込んでいた。
「ちっ!」
「剣の差が物を言うっ!」
サーフェイスが引き戻すより速く、静寂の夜が両手剣の刃を押し斬る。
「……やってくれたな……」
刃を中程で断ち切られた両手剣は、元の半分の長さしかないが、それでも静寂の夜と同じぐらいの長さは維持していた。
「ふん、これで勝ち誇るつもりはない……腕に見合った剣を用意して出直してこい……」
超絶の闘気で強化すれば『ただの鋼の剣』でも『超金属の剣』と数度ぐらいなら打ち合うことが可能である。
だが、超金属の剣の使い手にも同じだけ闘気強化されてしまえば、結局のところ剣の『差』は変わらず、強化も無意味なものになってしまうのだ。
「お優しい配慮……痛み入るっ!」
サーフェイスは「断ち切られた両手剣」でガイの喉元を斬りつける。
「退く気はないか……?」
ガイは軽快なバックステップで、サーフェイスの一閃から逃れた。
「無論だ……倚天裂襲蹴(いてんれっしゅうきゃく)!」
サーフェイスはいつの間にか右手に持っていた『切り落とされた剣刃』を足下に落とし、青く光り輝く右足で蹴り飛ばす。
「くっ!?」
剣刃は青く輝く無数の破片となって飛散し、ガイを襲撃した。
「蹴散らせ、烈風ぅぅっ!」
ガイは剣撃で烈しい剣風を巻き起こし、言葉通り「無数の破片」を蹴散らした。
「破片の一つ一つを闘気で強化(コーティング)か……差し詰め闘気の散弾だな……」
「残りもくれてやる」
サーフェイスはガイの懐に潜り込み、両手剣を一閃する。
「……背?……峰打ちだと?」
三度(みたび)、静寂の夜と両手剣が交錯するが……両手剣の方は刃ではなく背の部分だった。
サーフェイスは剣背の裏側に伸ばしきった右手(縦拳)を軽く当てる。
「発っ!」
「うぅっ!?」
掛け声と同時に剣刃が粉々に砕け散り、青光の飛礫となってガイへと浴びせられた。
「ふぅん、いくら貴様でも接触状態からの散弾まではかわせまい?」
例え反応できたとしも、飛礫はガイの剣の内側から発生したようなものなので、剣での防御は不可能。
散弾が体に到達する前に、『有効射程外』まで離れるしか対処法は存在しなかった。
「……ああ……流石にかわせなかった……だから、耐えることにした……っ!」
ガイは不愉快げな表情でサーフェイスを睨みつける。
「残念、傷一つ付いていないか?」
サーフェイスは口では残念と言いながら、特に残念がっているようにも見えなかった。
「まあ、こんな小技で貴様に傷を負わせられるとは最初から思っていない……だが、誇り(プライド)は傷ついただろう?」
そう言って嘲笑うように口元を歪める。
「……で? この俺に屈辱を味わせて……この後どうするつもりだ? 刃を失ったその剣で……」
ガイの視線と声は怖いほど冷たく落ち着き払っていた。
静かな怒りと殺意。
相手が素手だろうと、もはや逃がす気も手加減する気もない。
「怖い怖い……こうなっては仕方があるまい……なああっ!」
サーフェイスは再び全身から青い闘気を噴き出させた。
青き闘気は刃無き両手剣へと集束し、新しい剣刃を生み出す。
「……青い水晶の剣……?」
新たな剣刃は、水晶のような煌めきと透明さを有していた。
刃の長さと形こそ違うが、ネツァク・ハニエルの紫光剣(紫水晶の剣)とよく似ている。
「はっ!」
「ちっ!」
サーフェイスは青水晶の両手剣を横に一閃し、ガイは静寂の夜を上段から振り下ろした。
四度目の激突。
今回は今までと違い神剣によって両手剣が『斬り込まれる』ことはない。
より正確に言うなら、神剣の刃は両手剣の刃まで『届いて』すらいなかった。
「ふん、見た目通り水晶並みに脆いのか試すこともできないか……」
青水晶の内側から溢れ出す青い光輝(闘気)が剣刃を覆い、静寂の夜の刃を遮っている。
「ふぅん、確かめたくば我が闘気を押し切ってみせろぉぉっ!」
「くうぅっ!?」
サーフェイスは交錯状態から、力ずくで強引に静寂の夜を弾き返した。
「はあああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ……」
そのまま青水晶の両手剣を大上段に振りかぶり、全身から青き闘気を爆発的に放出させる。
「まだ闘気が上がるだと……!?」
底の計れない無限の闘気の奔流……その全てが青水晶の剣刃へと収束し、凝縮されていく。
「破あああぁぁっ!」
振り下ろされた青水晶の剣から青煌の閃光が解き放たれ、ガイ・リフレインを呑み込んで……世界を撃ち抜いた。



























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一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。



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